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妊娠糖尿病とはどんな病気?母胎や胎児への影響

医学博士 三島 渉(横浜弘明寺呼吸器内科・内科クリニック理事長)
最終更新日 2025年04月18日

妊娠中は、出産に向けて体にさまざまな変化が起こりますが、その際に病気が引き起こされることがあります。妊娠糖尿病も、そのひとつです。

妊娠糖尿病を放っておくと、母体にも胎児にも影響が及ぶ恐れがありますが、血糖値を適切にコントロールすることで、影響を最小限に抑えることができます。

この記事では、妊娠糖尿病についてくわしく説明します。妊婦健診で「血糖値が高い」と指摘された人や、血縁者に糖尿病の患者がいる女性で妊娠を希望する人は、ぜひ参考にしてください。

1 糖尿病とはどんな病気か


糖尿病とは、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの分泌量が減少したり、その働きが低下したりすることで、血糖値が高い状態が続く病気です。

<診断基準>
空腹時の血糖値が126mg/dL以上
または食後2時間後の血糖値が200mg/dL以上

私たちが食事をすると、血液中のブドウ糖の濃度である血糖値が上昇します。このとき、すい臓から分泌されるインスリンが、食後の急激な血糖値の上昇を抑えてくれます。

しかし、インスリンの分泌量が不足したり、その働きが低下すると、血糖値のコントロールが難しくなり、血糖値が高い状態が続いてしまいます。

糖尿病は、一度発症すると基本的に完治することはありません。また、治療をせずに放置すると、さまざまな合併症が現れる可能性があります。

例えば、高血糖が続くことで血管が傷つき、動脈硬化が進行すると、神経障害、網膜症、腎症といった合併症を引き起こします。これにより、日常生活に支障をきたすことがあります。

◆「糖尿病」についてもっとくわしく>>

2.妊娠糖尿病とはどんな病気か


妊娠糖尿病とは、妊娠をきっかけに、糖尿病ほど重くはない糖代謝異常が引き起こされた状態を指します。

2-1.妊娠中の糖代謝異常

妊娠中の糖代謝異常には、以下の3つの種類があります。


<妊娠糖尿病>
妊娠中に初めて発見される糖代謝異常

<糖尿病合併妊娠>
妊娠前から糖尿病を患っている

<妊娠中の明らかな糖尿病>
妊娠糖尿病のスクリーニングで、糖尿病の診断基準を満たす

糖尿病合併妊娠と妊娠中の明らかな糖尿病は、妊娠糖尿病には含まれませんが、いずれの場合も血糖値を適切に管理する必要があります。

特に「妊娠中の明らかな糖尿病」は重症化しやすく、合併症を引き起こすリスクが高いため、厳重な血糖管理と治療が求められます。

2-2.妊娠糖尿病の診断

妊娠糖尿病は、ほとんど自覚症状がないため、尿検査や血液検査で発見されることが多い病気です。

妊婦健診で行うスクリーニング検査の結果、疑わしい場合には「75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)」を実施します。

<診断基準>
 ・空腹時血糖値:92mg/dL以上
 ・1時間値:180mg/dL以上
 ・2時間値:153mg/dL以上

上記のいずれかに該当すると、妊娠糖尿病と診断されます。

2-3.なぜ妊娠中に血糖値が上がるのか

妊娠中はホルモンの変化や体型の変化によって、血糖値が上がりやすい状態になります。そのため、妊婦の約7~9%が妊娠糖尿病と診断されると言われています。

妊娠糖尿病を発症すると、母体だけでなく胎児にも悪影響を及ぼす可能性があります。そのため、妊婦健診を定期的に受け、早期発見と対策を行うことが重要です。

2-4.出産後に治るのか

妊娠糖尿病になっても、出産後に血糖値が正常に戻るケースは多いのですが、将来的に2型糖尿病を発症するリスクが高まるとされています。

産後は、運動や食事に気をつけることに加え、定期的に医療機関を受診し、糖代謝異常を早期に発見することが大切です。

【参考情報】『Gestational diabetes』Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/gestational-diabetes/symptoms-causes/syc-20355339

3.妊娠糖尿病の原因


この章では、妊娠糖尿病の原因について説明します。。

3-1.インスリンの変化

妊娠すると、胎児に必要なブドウ糖を届けるため、母体では血糖値を上げる仕組みが働きます。

具体的には、胎盤から分泌される「インスリン拮抗ホルモン」がインスリンの働きを抑え、血糖値を上昇させます。

また、インスリンを分解する酵素も発生するため、妊娠中は非妊娠時よりも血糖値が高くなりやすくなります。

妊娠後期になると、インスリン拮抗ホルモンの分泌がさらに増え、血糖値が一層上昇しやすくなります。

3-2.遺伝的要因

血縁者に2型糖尿病の人がいると、妊娠糖尿病を発症するリスクが高まります。特に、親や兄弟姉妹などの第一度近親者に糖尿病の人がいる場合、その可能性はさらに高くなります。

ただし、リスクがあるからといって必ず発症するわけではありません。遺伝的な要因を意識しつつ、妊娠中は食事や運動などの生活習慣に注意を払うことが大切です。

◆「糖尿病と遺伝」の関係とは?>>

3-3.肥満

肥満はインスリンの働きを低下させるため、妊娠前のBMIが25以上の肥満体型の人は、妊娠糖尿病を発症しやすいとされています。

肥満の人は、もともと糖尿病のリスクが高い状態です。さらに、妊娠中にインスリン拮抗ホルモンが分泌されることで、血糖値のコントロールが難しくなり、妊娠糖尿病のリスクが高まります。

妊娠中は、出産準備や産後の授乳のために脂肪がつきやすく、標準体型の人やスリムな人でも、体重が増加するのは自然なことです。

しかし、適正な数値を超えて体重が増えすぎると、体内でブドウ糖を処理しきれなくなり、妊娠糖尿病を発症する可能性が高まります。

【参考情報】『Diabesity: How Obesity Is Related to Diabetes』Cleveland Clinic
https://health.clevelandclinic.org/diabesity-the-connection-between-obesity-and-diabetes

3-4.その他

その他、下記のような人も妊娠糖尿病のリスクが高くなります。

 ・高齢出産(初産が35歳以上)

 ・尿に糖が出ている

 ・巨大児(出生体重4,000g以上)を生んだことがある

 ・原因不明の流産・早産・死産の経験がある

 ・妊娠高血圧症候群

年齢を重ねると、血糖値を正常に保つ働きが低下したり、基礎代謝が落ちたりする影響で、血糖値が上がりやすくなります。

また、体内のブドウ糖が過剰になると、尿に糖が含まれることがあります。ただし、尿検査の直前に甘いものを食べると、一時的に尿に糖が出る場合もあります。

さらに、過去に巨大児を出産した経験がある人、原因不明の流産を経験した人、また妊娠高血圧症候群を患ったことがある人は、妊娠糖尿病のリスクが高いとされています。

4.妊娠糖尿病が及ぼす影響


妊娠糖尿病と診断されても、自覚症状がほとんどないため、ピンとこないかもしれません。

しかし、血糖値が高い状態が続くと、母体にも胎児にも悪影響を及ぼす可能性があります。

4-1.母胎への影響

妊娠糖尿病では、糖尿病の合併症と同様に、網膜症や腎症、神経障害などが現れることがあります。

◆「糖尿病の合併症」についてくわしく>>

また、妊娠時に特有の影響としては、羊水過多や早産、妊娠高血圧症候群が挙げられます。

妊娠中期以降、羊水の主成分は胎児の尿となります。その際、母体の血糖値が高いと胎児の血糖値も上がり、その影響で胎児の尿量が増えることから、羊水が多くなります。

羊水過多になると、お腹の張りや圧迫感が感じられ、逆子になりやすくなります。さらに、破水が早まったり、子宮が開きかけたりすることで、早産のリスクが高まります。

【参考情報】『35.羊水過多』日本産婦人科医会
https://www.jaog.or.jp/lecture/35-%E7%BE%8A%E6%B0%B4%E9%81%8E%E5%A4%9A/

また、妊娠糖尿病の女性は、血糖値が高いため血管に負担がかかりやすく、その影響で高血圧になりやすいとされています。

妊娠中に高血圧を発症すると、母体の脳や肝臓、腎臓に機能障害が引き起こされることがあります。また、赤ちゃんの発育に影響を与えたり、胎盤が剥がれることにより、母子ともに危険な状態になるリスクが高まります。

【参考情報】『妊娠高血圧症候群』日本産婦人科学会
https://www.jsog.or.jp/citizen/5709/

妊娠糖尿病の影響で胎児が大きくなりすぎた場合、出産時に肩甲難産や産道裂傷、帝王切開のリスクが増えます。

肩甲難産とは、胎児の肩が産道に引っかかり、出産が難しくなる状態です。この場合、産道を通り抜けることができなければ、帝王切開に切り替えることもあります。

【参考情報】『帝王切開について』国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/pregnancy/column/teiousekkai.html

4-2.胎児への影響

母体の血糖値が高いと、胎児へ送られる糖分も増え、その結果さまざまな合併症が起こる可能性があります。

母体から多くのブドウ糖が送られると、胎児の成長が促進されるので、体重が4000gを超える巨大児になることがあります。

さらに、生まれた後の赤ちゃんは低血糖を起こしやすくなります。これは、胎児期に大量のブドウ糖を受け取っていた影響で、赤ちゃんの体内でインスリンの分泌量が増えているためです。

【参考情報】『低血糖』糖尿病情報センター|国立国際医療研究センター
https://dmic.ncgm.go.jp/general/about-dm/040/050/05.html

出産後、母体からのブドウ糖の供給が途絶えても、赤ちゃんのインスリン分泌量はすぐには減らないため、血糖値が必要以上に下がってしまうことがあるのです。

5.妊娠糖尿病の検査


妊娠糖尿病は、病気の可能性がある人を見つけるためのスクリーニング検査によって発見されることがほとんどです。

そのため、妊婦健診をきちんと受け、血糖値の異常を早期に見つけることが重要です。

5-1.スクリーニング検査

妊婦検診では、妊娠初期と中期に、血糖値を調べるスクリーニング検査が行われます。

妊娠初期には「随時血糖」を測定します。随時血糖とは、食事の時間に関係なく測る血糖値のことです。この値が95~100mg/dL以上の場合は、さらに詳しい検査が行われます。

妊娠中期には「50gグルコースチャレンジテスト」を実施します。この検査では、ブドウ糖50gを含む飲み物を飲んでから1時間後に血糖値を測ります。測定値が140mg/dL以上の場合は、追加の検査が必要となります。

妊娠が進むと血糖値が上がりやすくなるため、妊娠初期の検査で問題がなかった場合でも、中期の検査で引っかかることがあります。

5-2.診断のための検査

妊娠初期や中期のスクリーニング検査で妊娠糖尿病の疑いがある場合、「75g空腹時経口ブドウ糖負荷試験」を行います。

この試験では、血糖値を3回測定し、その変化を確認します。

最初に、絶食した状態で血糖値を測ります。その後、ブドウ糖75gが含まれた飲み物を飲み、1時間後と2時間後にそれぞれ血糖値を測定します。

3回の測定値のうち1つでも基準を超えた場合、妊娠糖尿病と診断され、治療が開始されます。

6.妊娠糖尿病の治療と管理


妊娠糖尿病と診断されても、適切に治療を行えば合併症を防ぐことができます。

この章では、妊娠糖尿病の治療方法と管理について説明します。

6-1.自己血糖測定

自己血糖測定とは、自分で血糖値を測定し、血糖コントロールの状況を把握する方法です。

妊娠中は合併症を予防するため、血糖値を正常範囲内に保つことが重要となります。そのため、日常的に血糖値の変動を確認する必要があります。


<測定の方法>

測定には、簡易血糖測定器と穿刺(せんし)器具を使用します。

①血糖測定器に測定用チップを挿入します。

②穿刺器具に針を装着し、指先を刺して血液を出します。

③血糖測定器で血液を吸い取ると、数値が表示されます。


<血糖コントロールの目標値>

・空腹時血糖:95mg/dL未満

・食後血糖値:食後1時間で140mg/dL未満、
 または食後2時間で120mg/dL未満

・HbA1c:6.0~6.5%未満

HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)とは、過去1~2ヶ月間の血糖値の平均を表す指標です。


赤血球の成分であるヘモグロビンは、血液中の糖と結合することがあります。血糖値が高い状態が続くと、ヘモグロビンと結合する量も増えるため、この割合を見ることで血糖値の長期的な状態がわかります。


<測定頻度>

自己血糖測定は、食前と食後の計6回を毎日行います。この測定によって、血糖値がどのタイミングで上昇したり下降したりするかを把握し、適切な血糖コントロールに役立てます。


<産後の血糖値確認と注意>

産後1~3ヶ月後に、再度「75g空腹時経口ブドウ糖負荷試験」を行い、血糖値が正常範囲内に戻っているか確認します。

妊娠糖尿病は妊娠が原因で発症するため、産後に血糖値が正常に戻ることが多いです。しかし、たとえ血糖値が正常に戻ったとしても、将来的に糖尿病を発症する可能性があるため、定期的な検査を受け続けることが大切です。

【参考情報】『妊娠と糖尿病』糖尿病情報センター
https://dmic.ncgm.go.jp/content/080_030_13.pdf

6-2.食事

妊娠糖尿病の治療の基本は、食事療法です。

血糖値が上がりすぎないように、決められた摂取カロリーの範囲内で、栄養バランスの良い食事を心がけます。

もし、1回の食事で血糖値が急上昇してしまう場合は、分食を取り入れます。分食とは、1回の食事量を減らし、食事と間食を合わせて1日6回程度に分けて食べる方法です。

これにより、1回の食事量が少なくなるため、食後の血糖値の急激な上昇を抑えることができます。

◆「糖尿病になったら知っておきたい食事のポイント」>>

6-3.運動

運動には血糖値を下げる効果があります。また、基礎代謝を高めることで、肥満の予防にも役立ちます。

種目は、ウォーキングやマタニティビクス、水泳などの有酸素運動が効果的です。

ただし、切迫流産や早産のリスクがある場合などは運動を避ける必要があります。必ず医師に相談し、どの程度の運動が安全かを確認しましょう。

6-4.インスリン注射

食事や運動だけでは血糖値が下がらない場合は、母体や胎児への影響を最小限に抑えるため、インスリンの注射を行います。

糖尿病の治療では、血糖値を下げる飲み薬を用いることがありますが、妊娠中や授乳期は、成分が胎盤を通じて胎児に移行する可能性があるため使用できません。そのため、妊娠前から糖尿病がある人も、インスリン治療に切り替えられます。

インスリン治療は出産まで続きますが、出産後に血糖値が正常に戻れば、治療の必要はなくなります。

7.おわりに

妊娠糖尿病は、母体や赤ちゃんに悪影響を与える可能性がありますが、適切な治療や管理を行うことで、そのリスクを減らすことができます。

ただ、妊娠糖尿病を経験した人は、出産後も糖尿病を発症するリスクが高いと言われています。出産後も定期的に検査を受け、血糖値を確認することが大切です。

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